「世界農業遺産 阿蘇」認定10周年を迎えて
阿蘇地域の草原は、1000年以上前から野焼きや放牧などの農業により維持されてきました。
草原とともに歩んできた阿蘇は、多様な農業や希少な動植物、伝統的な農耕文化などに恵まれており、これらが世界的に価値あるものとして2013年5月に世界農業遺産に認定され、今年で10周年を迎えます。
東海大学エコツーリズム研究会では、地域の宝である資源を保全しながら活用するしくみ「エコツーリズム」を学ぶ研究活動を行っています。
世界農業遺産認定10周年を迎え、エコツーリズム研究会の学生たちが、阿蘇地域の宝である農業や文化、歴史をより深く知るべく、阿蘇の農業を支える当事者の皆さんを訪ねインタビューを行いました。
こんにちは!みなさんは、世界文化遺産や世界自然遺産という言葉を聞いたことがありますか?
そう!あなたが思い浮かべたアレです。では、「世界農業遺産」というものがあることはご存じですか?
あまり聞き馴染みのない言葉ではないでしょうか。私もこの取材がなければ、世界農業遺産については無知のままだったと思います。まずは「世界農業遺産」がどのようなものであるかを簡単に紹介します。
💡世界農業遺産とは💡
伝統的な農業や林業・漁業と、農林漁業によって育まれ維持されてきた、土地利用(農地やため池・水利施設などの灌漑)、技術、文化風習などを一体的に認定し、次世代への継承を図る目的に2002年に国連食糧農業機関(FAO)が創設したもの。
世界農業遺産についてはこちら(農林水産省HP)
現在、日本には15か所の認定地域があり、その1つに阿蘇が含まれています。
今回は、この世界農業遺産阿蘇の認定に尽力し、阿蘇で米農家を営んでいるO2Farmの大津愛梨さんにお話を伺いました。
【世界農業遺産を目指したきっかけ】
―――まず、世界農業遺産を目指したきっかけは何だったのですか?
大津愛梨さん:宮本けんしんさんというシェフが書いた論文を読んだのがきっかけです。宮本シェフが修行をしたイタリアでは、その地でとれる食材を使った郷土食にとても価値をおいている。
自分の土地の景観を守るために、地元の食材を使わないといけないという意識があり、日本でもその意識を広めたいと思った。その論文が新聞に掲載されて世界農業遺産が知られるようになった。もしかしたら熊本も目指せるのではないかということになり、2人で取り組んだ。
当時、阿蘇の景観保全について発信していた愛梨さんと宮本さんが手を組み、世界農業遺産の認定を目指すことになりました。世界農業遺産について誰も知らないので、まずはその価値を知るための勉強会を開催しました。
愛梨さん:阿蘇の観光資源ってなんだと思う?
筆者:自然ですかね?
愛梨さん:じゃあ、その自然はどのようにしてできた?なにも手を加えずにこの景観ができあがった?
この問いに私は答えることができませんでした。すると、愛梨さんが阿蘇の観光資源である草原の特徴と世界農業遺産に登録された理由を話してくださいました。
愛梨さん:阿蘇の観光資源は、「人間の手が加えられた自然」。そんな阿蘇の観光資源を守ってきたのは農業を営む人たちで、その人たちがいなくなってしまうと、この阿蘇の景観はなくなってしまう。阿蘇の自然は、人間が1000年以上守り続けてきた。そして、ここにしかない生態系や文化、祭事もある。
この「人間の手が加えられた自然」がなくなると観光と共倒れになってしまう。モンゴルやアフリカ大陸の草原は、気候や土壌の関係で草原レベルまでしか植物が成長しない。つまり、放置したままでも草原が保たれる。
1,000年以上、人の手で維持されてきた現在の阿蘇の草原は、世界でもここだけでしょうと言われた。その阿蘇の自然景観の社会的な価値を認めてもらったのが、世界農業遺産だった。
観光で阿蘇を訪れたとき、多くの人が広大な草原に感動すると思います。その景観が、もともとあったものではなく、そこで暮らす農家の方々によって作られ、引き継がれてきたことに感動しました。
―――どうして、米作りにこだわるのですか?
愛梨さん:農業で生活していく中で、安定して収入を得られるのはビニールハウスを利用して作る作物。しかし、地域一帯にビニールハウスが並んでしまうと、観光客が期待している阿蘇の景観も損なわれてしまう。稲作のように土地利用型の農業でなければ景観の保持にはつながらない。
阿蘇の景観が美しいのは、農業の方法に気を配っているからなのだと気づきました。そして、この景観や草原を守っていくために、伝統的な土地利用型の農業を今後も行っていく必要性があると感じました。
【貴重な経験ができた農業体験】
愛梨さんにお話を聞いたあと、米の収穫の様子を見学し、私たちも少しだけお手伝いをさせていただきました。愛梨さんのご主人の耕太さんが、コンバインを使って稲刈りをしている様子は、とてもかっこよく、操縦技術の高さにも驚かされました。
コンバインで刈り取れなかった田んぼの角の部分は、鎌を使って私たちが収穫しました。刈り取るときのザクザクと切る感覚がとても新鮮でした。稲刈りの体験はめったにすることができないので楽しかったです。
また、袋詰めされたお米を倉庫に積み上げる作業を手伝いました。1袋の重さが約30kgあり、体力を使う作業でしたが、みんなで協力しながら作業を進めることができました。
しかし、これだけの重労働を少ない人数でこなさなければならない農家さんの大変さも感じました。
作業を終え、大津さんご夫妻が農薬を使わずに栽培している米の「おあしす米」をいただきました。農作業のあとに食べるお米は、普段何気なく食べるお米よりも何倍もおいしかったです。自分たちで栽培したお米を自分たちの食卓で食べられることは、農家さんの特権なのだと感じました。
おわりに
今回、愛梨さんからお話を伺い、阿蘇の素晴らしい景観や自然は、伝統的な農業によって守られてきたのだと知ることができました。
人口減少が進んでいる今、農業の担い手も減少しています。担い手がいなくなってしまうと、この阿蘇の景観は失われてしまいます。阿蘇の自然景観を今後も守っていくために、まずは農業と景観づくりの繋がりを知ってもらう機会を作っていく必要があると思いました。
O2Farmの詳細は下記リンクよりご覧ください。
O2Farm公式ホームページ
https://o2farm.net/
東海大学エコツーリズム研究会 2年
川窪柊吾 記